春にして君を離れ

そしてジョーンが、妻というものはときには夫と二人分の分別を働かす必要があるというと、いきなり笑い出して、「おやおや、あたしなんか、一人前の分別もあった試しがないのにねえ!」といったものだ。

春にして君を離れ・・・
(中略)でも今は春じゃないわ、十一月じゃありませんか。

「これは、特にあなたに言っておきたいことなのです。安易な考えかたをしてはなりませんよ、ジョーン。手っ取り早いから、苦痛を回避できるからといって、物事に皮相的な判断を加えるのは間違っています。人生は真剣に生きるためにあるので、いい加減なごまかしでお茶を濁してはいけないのです。なかんずく、自己満足に陥ってはなりません。」

どこかでおすすめされてたのとあまりに素敵すぎるタイトルだったので。
とても面白かった。
娘たちを嫁にやったイギリス婦人が、遠方に嫁いだ娘を見舞った後、帰りの汽車のトラブルで異国の地に何日も足止めされてしまう。そこで再会した昔の友人の言葉をきっかけにこれまでの自身の半生を振り返っていく。
読んでいて、これは半分精神異常者の話のようだった。
本人の語り、回想で綴られる文章で、その文章を読めば否応なく本人に問題があることが明白であるのに、本人にはそれが理解することができない。
そして病的な精神が、異常な環境下で、異常な体験のもとで、真実の淵に辿り着いたというのに、イギリスに戻った彼女は、それをすっかり忘れてしまったかのように、それまでの日常に戻ってしまう。


春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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