虐殺器官

9・11以降、激化の一途をたどる“テロとの戦い”は、サラエボが手製の核爆弾によって消滅した日を境に転機を迎えた。先進資本主義諸国は個人情報認証による厳格な管理体制を構築、社会からテロを一掃するが、いっぽう後進諸国では内戦や民族虐殺が凄まじい勢いで増加していた。その背後でつねに囁かれる謎の米国人ジョン・ポールの存在。アメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊のクラヴィス・シェパード大尉は、チェコ、インド、アフリカの地に、その影を追うが…。はたしてジョン・ポールの目的とは?そして大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?―小松左京賞最終候補の近未来軍事諜報SF。

虐殺と良心の話。
作者様がはてダにいらしたけどもう亡くなったらしい。
文章がうまく博学。

「だとしたら、生物が進化すると必然的にことばを持つとか思うのは、人間の思い上がりということになるんですね」
「カラスが築いた文明があったとして、進化した生物はすべからず鋭いくちばしを持つ、というようなものね」P89

ことばは生物進化で必然に手にはいるものでなく、人間社会の生存適応での中で獲得した"器官"に過ぎない

「だって、人のことを全く考えない悪党の存在が、それじゃあ全く説明できないじゃないか。貧しい国と豊かな国じゃ、モラルの観念は明らかに違う。良心は社会的産物だよ」
「良心のディテールはね。でも、良心そのものは、それと領域を接する宗教という存在も含めて、生物の進化の過程から生まれたものよ」P145

"良心"は社会的産物でなく、進化の過程からうまれたもの
で、ことばという器官に働きかける深層の文法によって良心を切り崩し、虐殺を引き起こす、と。
良心というものは憲法にも何度か出てくるくらい抽象的多義的な言葉でここから先突き詰めてどうこういうのは難しいかも知れない。
絵としてはハーメルンの笛吹き男が近いのだろう。ジョン・ポールが言葉を文法的音楽的に捉えているところも対応してる気がする。
 
SF,ミリタリー物としてもいうことない。
ジョン・ポールの思考としては、彼のいう周辺国の内乱虐殺がアメリカへのテロから目をそらし自国の安寧につながると。冷戦期には実際紛争が世界中に輸出され、別にアメリカとロシアが安寧になったという話はなかった、なかったが虐殺器官という周辺国が勝手にやってることとしてはどうかというと、やはり難しいと思う。なぜならアメリカ性質上、他国に介入する国なのだからアメリカだけが吾が事に非ず、安寧を享受できないだろう。主人公たちのように。だから結局ジョン・ポールのやっていることは表面上テロ活動を減らしたとしても、アメリカに安寧などもたらしていないのだろうと思う。混沌は混沌をもたらしジョン・ポールはクラヴィス・シェパードに引き継がれアナキン・スカイウォーカーはフォースの暗黒面に堕ちる。
読後感もよかった。

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)